タグ 廃娼運動
人気順 10 users 50 users 100 users 500 users 1000 users身売りの背景には家族制度があるという指摘 - 思いつきのメモ帳
戦前の廃娼運動について、1931年6月11日付けの読売新聞に河崎夏子氏*1の『婦人評論 廃娼運動と私の見方』と題したコラムが掲載されている。その文章の中に次のような一節がある。 【3】私共はこのような提言をする前に、も少し現実的な立場から公娼制度を廃棄したいのである。それは公娼制度に見られる人身売買の性質が、封建的だからである。自分の意志で自分の労働を売るのでなしに、家族制度の犠牲となっている場合... 続きを読む
もちつけblog(仮) 「皇室中心・国家本位」と「朝鮮人虐殺」からみる、警察の歴史 -大日方純夫『警察の社会史』を読む-
大日方純夫『警察の社会史』を読んだ。 以下、気になったところだけ。 実際には娼妓の自由廃業の前には、依然としてたかい塀がたちふさがっていた。 (略) 遊郭主と警察が結託して、廃業を願う娼妓がいると遊郭主をよびだして「示談」にさせたり、警察官が娼妓を「説諭」して廃業を思いとどまらせるなどということが多かったのである(吉見周子「売娼の実態と廃娼運動」) (33、34頁) 日本における「自由廃... 続きを読む
日中戦争勃発直前の「廃娼運動」状況 - Apes! Not Monkeys! はてな別館
長年、活動を行ってきた廓清会と婦人矯風会は、一九二六年(大正一五)六月に廓清会婦人矯風会連合(同年一〇月以降、廃娼連盟と改称)を結成、一九二九年までの三年を第一期として運動を進めたが、一九三〇年から五カ年計画で一九三四年をめどに廃娼の実現を期し、第二期となる運動を展開した。 これに先だって一九二九年にジュネーヴで開催された国際連盟婦人児童売買委員会は、東洋諸国を対象とする「婦人児童売買実地調査」の... 続きを読む