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タグ 本土決戦

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山口二郎教授 菅政権のコロナ対策を見て「戦争に負けた理由がよく分かる」(デイリースポーツ) - Yahoo!ニュース

2020/11/21 このエントリーをはてなブックマークに追加 648 users Instapaper Pocket Tweet Facebook Share Evernote Clip 菅政権 コロナ対策 山口二郎教授 国体護持 戦争

山口二郎法政大学教授が21日までにツイッターに投稿。菅政権の新型コロナウイルス対策を見ていると、日本が戦争に負けた理由が分かると記した。 山口教授は「菅政権のコロナ対策を見ていると、75年前になぜ戦争に負けたかよくわかる。オリンピック開催が国体護持と本土決戦、ワクチン開発が神風、竹槍戦術に代わって... 続きを読む

火炎瓶・ゲリラ戦…本土決戦、指南した新聞 研究者復刻 [戦後75年特集]:朝日新聞デジタル

2020/08/14 このエントリーをはてなブックマークに追加 10 users Instapaper Pocket Tweet Facebook Share Evernote Clip 火炎瓶 軍部 ゲリラ戦 朝日新聞デジタル 戦車

敗戦直前、米軍の上陸を想定し、九州の住民に戦車への火炎瓶攻撃やゲリラ戦のやり方を解説した「防衛新聞」が見つかった。軍部の要請で、九州などを担当する朝日新聞西部本社が月3回発行したが、実物はほとんど残っておらず、入手した民間の研究者らが復刻版を発行した。 防衛新聞は1945年4月18日、九州などを担当する朝... 続きを読む

終戦直前 本土決戦に備えた「国民義勇戦闘隊」の動員資料発見 | NHKニュース

2019/12/08 このエントリーをはてなブックマークに追加 18 users Instapaper Pocket Tweet Facebook Share Evernote Clip 終戦直前 NHKニュース 資料 福井県 専門家

終戦直前の昭和20年、本土決戦に備えて女性や少年を含めた一般国民を戦闘員として組織した「国民義勇戦闘隊」の具体的な動員計画などをまとめた資料が、福井県に残されていることが分かりました。国民義勇戦闘隊に関する資料はこれまでほとんど見つかっておらず、調査にあたった専門家は「国民を総動員する戦争が寸前ま... 続きを読む

米軍に丸見えだった「秘匿飛行場」 空撮写真、米で発見 [空襲1945]:朝日新聞デジタル

2019/08/15 このエントリーをはてなブックマークに追加 34 users Instapaper Pocket Tweet Facebook Share Evernote Clip 朝日新聞 空撮写真 鳥取県倉吉市 米軍 米国立公文書館

太平洋戦争末期、全国各地に造られた「秘匿飛行場」。本土決戦を見据えて秘密裏に建設されたが、米国立公文書館から鳥取県倉吉市の秘匿飛行場の空撮写真が見つかったことがわかった。米軍には丸見えだったことを物語り、専門家や関係者は本土決戦の無謀さを示す証拠だと指摘する。 各地の空襲の実態を調べ、多数の関連著... 続きを読む

松代大本営:工事に従事の朝鮮人労働者名簿 米国で発見 - 毎日新聞

2018/08/30 このエントリーをはてなブックマークに追加 58 users Instapaper Pocket Tweet Facebook Share Evernote Clip 松代大本営 毎日新聞 従事 松代大本営地下壕 米国

現在の松代大本営地下壕入り口(左)と朝鮮人労働者のための追悼碑(右)=長野市松代町で2018年8月29日、ガン・クリスティーナ撮影 太平洋戦争末期、本土決戦に備えて、大本営や政府機関などを移転するために作られた松代大本営地下壕(ごう)(長野市)の工事などに従事した、朝鮮人労働者などの名簿が見つかっ... 続きを読む

日本軍の最高幹部たちが考えていた「本土決戦」とはどのようなものだったのか?

2017/04/09 このエントリーをはてなブックマークに追加 229 users Instapaper Pocket Tweet Facebook Share Evernote Clip 日本軍 本土 大本営 沖縄 終結

6月23日、沖縄の組織的な戦闘が終結。大本営が、いや日本が何を考えたかというと、「本土決戦」です。沖縄は「本土」じゃないんですね。とうとう米軍が日本「本土」に攻めてくる、その時に政府、軍の首脳がどう考えていたのか。むろん、勝てっこないことはまともに考えればすぐに分かることです。 続きを読む

日本軍の最高幹部たちが考えていた「本土決戦」とはどのようなものだったのか?

2017/04/09 このエントリーをはてなブックマークに追加 583 users Instapaper Pocket Tweet Facebook Share Evernote Clip 日本軍 本土 大本営 沖縄 終結

6月23日、沖縄の組織的な戦闘が終結。大本営が、いや日本が何を考えたかというと、「本土決戦」です。沖縄は「本土」じゃないんですね。とうとう米軍が日本「本土」に攻めてくる、その時に政府、軍の首脳がどう考えていたのか。むろん、勝てっこないことはまともに考えればすぐに分かることです。 続きを読む

戦後70年:鹿児島に残る特攻陣地 本土決戦の極限  - 毎日新聞

2015/11/01 このエントリーをはてなブックマークに追加 11 users Instapaper Pocket Tweet Facebook Share Evernote Clip 毎日新聞 極限 鹿児島 戦後70年

権現島の水際陣地跡。機関銃を据える銃眼(中央)は、砂浜に上陸する敵をくまなく撃てるように設けてある=鹿児島県志布志市で2015年10月8日、津島史人撮影 ◇11月1日、米軍が上陸計画 終戦なければ命日だった 1945年11月1日に米軍が決行を計画していた南九州への上陸作戦を阻止するため、旧日本軍が造った要塞(ようさい)が、使われることのないまま、今も九州南部の志布志湾(鹿児島県)沿岸に点在している... 続きを読む

<林家三平さん>「肉弾特攻要員」だった…二代目取材で判明 (毎日新聞) - Yahoo!ニュース

2015/09/18 このエントリーをはてなブックマークに追加 8 users Instapaper Pocket Tweet Facebook Share Evernote Clip 落語家 陸軍 毎日新聞 火薬 第二次世界大戦末期

昭和の爆笑王、落語家の初代林家三平さん(1925〜80年)が、陸軍に徴兵されていた第二次世界大戦末期、米軍との本土決戦になった場合、火薬を背負って突撃する「肉弾特攻要員」だったことがわかった。次男の二代目三平さんが参加したBS朝日の番組取材で明らかになった。 初代三平さんは45年3月、19歳で陸軍に徴兵され、10月に復員。翌46年に父・七代目林家正蔵に入門し、落語家の道を歩み始めた。52年には海老... 続きを読む

『地には平和を』における本土決戦を時系列にまとめました | 小松左京ライブラリ

2015/08/18 このエントリーをはてなブックマークに追加 11 users Instapaper Pocket Tweet Facebook Share Evernote Clip 小松左京ライブラリ 時系列

「地には平和を」は、小松左京が、1960年、早川書房の「SFマガジン」における「第一回空想科学小説コンテスト(後のSFコンテスト)」の募集を見て、3日で書きあげたものです。 結局、選外努力賞に終わりましたが、この作品がきっかけでSF作家としてデビューし、「地には平和を」も直木賞候補となりました。 小松左京は、戦時中、軍国主義のスパルタ教育の旧制中学で日々ビンタの洗礼を受け、食べ盛りなのに食糧の配給... 続きを読む

「最後の陸相、阿南惟幾」は不正確 陸軍省廃止は11月 | GoHoo

2015/08/18 このエントリーをはてなブックマークに追加 13 users Instapaper Pocket Tweet Facebook Share Evernote Clip GoHoo 終戦前 陸軍省 聖断 産経新聞

産経新聞は7月21日付大阪版夕刊1面トップで、「最後の陸相が遺した気概 阿南惟幾 聖断に従い本土決戦を回避」と見出しをつけた戦後70年企画記事を掲載し、「終戦の日を前に、最後の陸相、阿南惟幾大将が再評価されている」などと記した。しかし、阿南惟幾大将は終戦前の陸軍大臣としては最後だが、陸軍省は1945年11月30日まで存続しており、最後の陸相は下村定大将だった。したがって、阿南惟幾を最後の陸相と報じ... 続きを読む

【戦後70年】「公に生きる大切さを」元陸軍少尉 敗戦の教訓を次世代に(1/5ページ) - 産経WEST

2015/08/16 このエントリーをはてなブックマークに追加 21 users Instapaper Pocket Tweet Facebook Share Evernote Clip 元陸軍少尉 産経WEST 次世代 敗戦 教訓

終戦から70年を迎えた15日、東京・靖国神社は深い祈りに包まれた。「負けるべくして負けた戦で、多くの有為な人材を失った」。陸軍少尉として本土決戦に備えているとき、終戦を迎えた和田泰一(やすいち)さん(90)=東京都品川区=は、悔しさを胸に戦後を生きてきた。静かに手を合わせながら「今日の繁栄があるのは英霊のおかげ」とかみしめ、次世代の人たちに祖国の未来を託した。 続きを読む

戦後70年:数字は証言する データで見る太平洋戦争(6)沖縄は「捨て石」だったのか? 本土決戦準備 近衛兵は芋を植えていた - 毎日新聞

2015/06/23 このエントリーをはてなブックマークに追加 54 users Instapaper Pocket Tweet Facebook Share Evernote Clip 捨て石 近衛兵 毎日新聞 太平洋戦争 時間稼ぎ

数字は証言する データで見る太平洋戦争 第6回 沖縄は「捨て石」だったのか? 本土決戦準備 近衛兵は芋を植えていた 70年前の1945年6月23日、沖縄戦が事実上の終結を迎えた。地上戦に巻き込まれ、死亡したとされる県民は約4人に1人。日本軍は本土決戦のための時間稼ぎと考え、沖縄を〝捨て石〟とした。しかし、皇土を死守するために編成された「決戦師団」の実態は武器、食糧が欠乏した二線級部隊。根こそぎ動員... 続きを読む

<旧日本軍>本土決戦の作戦地図発見 和歌山城に速射砲 (毎日新聞) - Yahoo!ニュース

2015/03/22 このエントリーをはてなブックマークに追加 8 users Instapaper Pocket Tweet Facebook Share Evernote Clip 和歌山城 速射砲 ようさい 旧日本軍 毎日新聞

太平洋戦争末期、連合軍の上陸に備えて旧日本軍が描いた和歌山県沿岸部の作戦地図が防衛省の防衛研究所(東京都目黒区)で見つかった。速射砲や坑道式陣地など、配備箇所を示す印が詳細に記載されている。景勝地として知られる和歌浦も、機関銃や大砲で覆い尽くして要塞(ようさい)化する計画だった。仮に本土決戦に突き進んでいれば、この地でも地獄絵図が展開していたことになる。専門家によるとこれだけ精度の高い作戦地図が残... 続きを読む

旧日本軍:本土決戦の作戦地図発見 和歌山城に速射砲 - 毎日新聞

2015/03/22 このエントリーをはてなブックマークに追加 25 users Instapaper Pocket Tweet Facebook Share Evernote Clip 和歌山城 速射砲 和歌浦 ようさい 旧日本軍

和歌浦沿岸の作戦地図。上陸する敵軍を迎え撃つため、野砲(大砲の一種)や速射砲の配備が予定されいていた=防衛研究所戦史研究センター所蔵 太平洋戦争末期、連合軍の上陸に備えて旧日本軍が描いた和歌山県沿岸部の作戦地図が防衛省の防衛研究所(東京都目黒区)で見つかった。速射砲や坑道式陣地など、配備箇所を示す印が詳細に記載されている。景勝地として知られる和歌浦も、機関銃や大砲で覆い尽くして要塞(ようさい)化す... 続きを読む

【サヨク速報】湯川れい子 「日の丸や日章旗を振り回している男たちには心底から虫酸が走ります。臆病者。 」|保守速報

2013/08/18 このエントリーをはてなブックマークに追加 14 users Instapaper Pocket Tweet Facebook Share Evernote Clip 湯川れい子 バズソーキック 13.54 ID 日章旗 虫酸

1: バズソーキック(岐阜県):2013/08/18(日) 00:33:13.54 ID:tfLcp/600 終戦記念日だから、あえてハッキリと言います。沖縄や本土決戦まで持ち込む必要は無かった。原爆を落とす必要もなかった。すべては人間が選び、人間がやったこと。まずそれを恥じよう。いま、威勢の良いことことを言って、日の丸や日章旗を振り回している男たちには、心底から虫酸が走ります。臆病者。— 湯川れ... 続きを読む

玉音放送から68年目の暑い夏に寄せて - 雑種路線でいこう

2013/08/17 このエントリーをはてなブックマークに追加 40 users Instapaper Pocket Tweet Facebook Share Evernote Clip 玉音放送 雑種路線 街宣車 降伏文書 主張

8月15日ゆるゆると六本木通りを歩いていたら溜池交差点で街宣車の縦列をみかけ、そうか今日は玉音放送の日かと往時に想いを馳せた。日本ではこの日を終戦記念日というが、国際的には東京湾に停泊した戦艦ミズーリ号の甲板で降伏文書を調印した9月2日こそ正式な終戦とする主張もある。では日本国民にとって8月15日にどういう意味があったかと考え直すと、正午の玉音放送で天皇陛下のご聖断が国民に知れ渡り、本土決戦を主張... 続きを読む

奥野誠亮氏「道州制は国力を損なう」「弱いところはさびれる」 (産経新聞) - Yahoo!ニュース

2013/07/28 このエントリーをはてなブックマークに追加 11 users Instapaper Pocket Tweet Facebook Share Evernote Clip 奥野誠亮 内務省 鈴木俊一 道州制 国全体

【話の肖像画】保守政治家の最長老・奥野誠亮氏(100) 昭和18年8月に内務省の地方局担当の内務事務官になりました。30歳でした。国全体の地方税財政と、その後、戦時業務も担当しました。 〈内務省2階の部屋で、戦後東京都知事になった鈴木俊一、防衛事務次官になった加藤陽三、読売新聞社長になった小林与三次(よそじ)の各氏と机を並べ本土決戦や終戦の準備にかかわった〉 昭和20年の8月10日に、迫水(さこみ... 続きを読む

池田信夫 blog : 朝日新聞の「第二の敗戦」 - ライブドアブログ

2011/10/01 このエントリーをはてなブックマークに追加 40 users Instapaper Pocket Tweet Facebook Share Evernote Clip 原子爆弾 威力 池田信夫 戦時中 社説

2011年10月01日 18:53 メディア 朝日新聞の「第二の敗戦」 最近の朝日新聞の激しい反原発キャンペーンは、戦時中の記事を思い起こさせる。当時もっとも過激な戦意高揚記事を書いたのは、朝日だった。たとえば1945年8月14日の社説は、次のように書いて本土決戦を主張した:原子爆弾は相当の威力を持つものに違いない。しかしながら、すべて新兵器は最初のうちは威力を発揮しても、やがてその対策の樹立され... 続きを読む

 
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